開催日:2016/11/19(土)会場:多摩大学大学院 品川サテライト

ローレンス・プルサック氏 講演
「Innovative Saturday Evening:イノベーション時代のナレッジ・ワーク生産性を考える 〜個の働き方とマネジメントはいかに変わるか〜」

2016年11月19日に多摩大学品川サテライトにて、知識生産性研究の世界的な第一人者であるローレンス・プルサック氏を迎え、「品川塾&ナレッジ・アソシエイツ・ジャパン presents: Innovative Saturday Evening」が行われました。

品川塾:都市型イノベーションのハブとして

講演の冒頭で、品川塾塾長の紺野登教授からInnovation Saturday Eveningの趣旨が紹介されました。紺野教授は、イノベーションの主役が企業や大学の研究室から、都市へと移り変わってきた世界的潮流を、マンハッタンにオフィスを構え、コーネル大学などを呼び込むグーグルの例などを用いながら説明。そのうえで、都市型イノベーション・エコシステムとしての品川のポテンシャルと課題、品川塾の目的を共有しました。

「品川にはイノベーションを志向する有力企業が集まっています。しかし、それぞれが点で、十分にはつながっていません。都市がイノベーションの中心になったのは、都市が『社会問題の最先端の現場』であり、大学、企業、行政がイノベーションに向けた試行錯誤を一緒に行う場となってきたから。品川塾は、品川を中心とするイノベーション・エコシステムの触媒の役割を果たしていきます。」

イノベーション経済を紐解く鍵は「知の民主化」

つづいて、ローレンス・プルサック氏が登壇。歴史家でもある同氏は、「世界の歴史を振り返れば、生産やマネジメントに関する知は世界の三カ所、アメリカ、ヨーロッパ、日本に偏在しており、知の偏在はそのまま富の偏在を意味していました。しかし、人の交流や情報技術により、知が世界中に広まったのが現代です。この『知の民主化』は、人類史上はじめての現象であり、経済活動の原則を大きく変えました」との歴史認識を披露しました。

そのうえで、「ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツは、新たなアイデアを探し、適切に活用する能力が、今日もっとも大切と主張しています。こうしたアイデア経済、あるいはイノベーション経済に大切なのが『知識生産性』、すなわち知からいかに価値創造するかという視点なのです」と指摘し、その原則を語りはじめました。

知識生産性飛躍のカギ1:「つながり(connectivity)が何よりも大切」

イノベーションに向かって知の生産性を飛躍的に高めるには、何からはじめるべきなのか。プルサック氏は「外へ出よ」と明快に言い切り、多様な知とのつながりが決定的に重要と説きます。

「昔と違い、個も会社も『自分たちがすべて知っている』という前提には立てません。どんな優秀な個人も企業も、世界中にあふれかえる知のわずか一部に秀でているに過ぎないのです。ですから、自分の知識だけに頼らないことが大原則です。イノベーションには知と知の新たな結びつきが必須ですから、自分が知らないことを知っている人、自分たちが不得意なことを得意とする企業とのネットワークが決定的に大切なのです。知のネットワークをつくるには、人はオフィスを出なければなりません。ですから、知識生産性を高めるには、経営は社員をオフィスに張り付かせるのでなく、外に出さなければならないのです。」

同氏は国連によるつながり調査(*UNIDOによるThe Connectedness Index調査)で日本の順位が高くないことも挙げ、日本企業の活動やネットワークに課題があることを指摘しました。

知識生産性飛躍のカギ2:「認知的な多様性(cognitive diversity)を確保せよ」

組織やチームの知識生産性を高めるには、次に何を考えるべきか。プルサック氏は「認知的な多様性を確保せよ」と言います。ここで言う認知的とは、ジェンダーや人種の多様性ではなく、仕事・教育・個人などの経験に基づく「モノの見方」を指します。

「優秀なMBAを何十人チームに入れても、彼らはみな同じツールボックス(道具箱)を持って来る。だから、彼らがいくら優秀でも、チームとして創造的な問題解決はできない。違うツールボックスを持ち寄ることで、創造的なアイデアが出る可能性が飛躍的に高まる。だから、知識生産性を上げるには、モノの見方の多様性を考えなければいけないんだ。」

プルサック氏は、同質的なモノの見方をする人が集まることの「心地よさ」(同じ考え方をするので摩擦が少ない)を認めたうえで、しかし、そこからイノベーションが生まれることはないと指摘。認知的な多様性を確保し、「異なるツールボックスの掛け合わせから新たなアイデアを生み出すこと」の重要性を説きました。

知識生産性飛躍のカギ3:「場(time and space)の重要性」

プルサック氏は、「これは日本から学んだことだけど」と笑いながら、場の大切さを次のように語りました。

「異なる知を持つ人との交流、知の交換、出てきたアイデアを実験する。知識生産性を高めるのは、こういう活動を通じて知から価値を創造することです。そのためには、そのための場所と時間をナレッジ・ワーカーに与える必要があります。これをもっとも端的に表現しているのが、日本の野中・紺野教授が提唱してきた『場』の概念だと思います。」

プルサック氏は、場が機能する前提として、知的好奇心の高い人が集まっていることもあげた。日本的な場の経営は、イノベーション時代にこそ有効である。アメリカから来たプルサック氏に日本の聴衆がそう説かれたところで講演は終了し、パネル議論と参加者との対話に移りました。

知のネットワークをめざして

パネル議論は、イベントを共催したナレッジ・アソシエイツ・ジャパン代表の荻原直紀氏をモデレータに迎え、プルサック氏、紺野教授に加え、多摩大学大学院の河野龍太教授も参加。知識生産性とイノベーションの関係についての議論が展開されました。

荻原氏は、世界銀行、アジア生産性機構の2つの国際機関での経験を踏まえ、日本の製造業が伝統的に得意としてきた工業生産性の向上(カイゼン、ムダ取りなど)と知識生産性の向上は、根本的に原則が異なると指摘しました。多くの日本企業は伝統的な生産性向上アプローチをナレッジ・ワークに適用しようとしているが、それでは知の生産性は十分に上がらないという見立てです。

これに対し、河野教授は知の生産性を効率的に上げる思考ツールの重要性を指摘し、その一例としてビジネスモデル・キャンバスのフレームを挙げました。プルサック氏は、「知はきわめて社会的なものだ」と強調したうえで、「個人に属するのは知識でなく記憶だけという哲学者もいる。だからこそ、知のネットワーク(Knowledge Network)を構築して、多様な知を行き交わせることが大切」と締めくくりました。

紺野教授が謝辞を述べて、パネル議論も終了。冒頭に紺野教授が共有した品川塾の目的と、プルサック氏が指摘した知識生産性の原則が見事にシンクロしたこともあり、参加者にとっては非常に深い印象を与えるセッションとなりました。


講演者プロフィール

ローレンス・プルサック 氏
ローレンス・プルサック 氏

知識経営とナレッジ・ワーク生産性研究の世界的権威。複数の世界的コンサルティング会社のプリンシパルを歴任後、IBMナレッジ・マネジメント・インスティテュートを創設。以降、25年間にわたり組織における知識と学習を研究し、マッキンゼー、NASA、世界銀行などのシニア・アドバイザーを歴任。ハーバード大学、コロンビア大学で教鞭も取る。「ワーキング・ナレッジ」「人と人のつながりに投資する企業」「ビッグアイデアを探せ!」など著書多数。

荻原 直紀 氏
荻原 直紀 氏

ナレッジ・アソシエイツ・ジャパン(株)代表。KDI シニア・コンサルタント、世界銀行 上級知識経営担当官、アジア生産性機構 調査企画部長を経て現職。国内、アジア各国の大手企業、政府機関の知識経営、組織変革のコンサルティングおよびグローバルな研究プロジェクトと国際機関での知識経営の展開を10数年に渡り展開。"Knowledge Management for the Public Sector" “Practical KM Guide for Small and Medium Enterprise Owners/Managers”など共著多数。

【ナレッジ・アソシエイツとは】

ナレッジ・アソシエイツ・インターナショナルは、1993年に英国ケンブリッジのセントジョーンズ・イノベーション・パークで設立された、グローバルなコンサルティング・研究組織です。ヨーロッパをはじめ、北米、南米、アジアの十数ヶ国にコンサルタント、研究者のネットワークを配備し、知識経営、組織革新、イノベーション経営のコンサルティングおよび研究を展開しています。同社の「知識資産マネジメント (Knowledge Asset Management)」の方法論は欧州委員会と実施した共同研究が基となっており、ヨーロッパ企業、政府機関を中心に広く実践されるとともに、英国ケンブリッジのアングリア・ラスキン大学をはじめ、世界の大学で展開されています。また、ローレンス・プルサック氏とも協業し、ナレッジ・ワーク生産性の研究も推進しています。

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