時代の変化が激しくなる一方、いつまでも変わらない組織に苛立ちを覚えるビジネスパーソンも多いのではないでしょうか。組織を活かすも殺すも人次第。特に上にも下にも接点があるミドルの人材マネジメント力は、企業の命運を左右するといっても過言ではありません。また自分のキャリアパスを考える上でもHR(ヒューマンリソース)は欠かせない知識となっています。経営実学志塾の全3回HRシリーズを担当する、舞田竜宣客員教授、須東朋広客員教授、徳岡晃一郎教授に、これから必要とされるHRとは何かを聞きました。
人事だけでなくすべてのミドルにHRの知識が必須
──「知識創造を支える人と組織のマネジメント」をテーマにHRについて講義を行っていますが、なぜ、今、HRを学ぶ必要があるのでしょうか?
舞田 経営資源には人、物、金、情報の4つがあります。物や金のマネジメントは模倣可能ですが、人と情報はそうはいきません。情報をいかに知識創造に結びつけるかも人次第になります。これから企業が競争優位になるためには、どう組織内の人材を活用できるかがキーポイントとなります。人材を有効活用できるマネジメント術を身につけることで、コモディティ化する競争から抜け出す必須条件になると思います。
須東 企業の寿命は短くなっているのに、人の労働期間は長期化しています。今までなら60歳定年で約40年働けばよかった。でも今後、高齢社会になるに連れ、70歳定年、いやそれどころか80歳定年といった時代になるかもしれません。50年、60年働かなければならない時代に、価値ある労働力として市場から認識し続けてもらうためには、人とのかかわりあい=人脈をきちんとマネジメントできる能力が欠かせなくなるでしょう。
徳岡 晃一郎 教授
徳岡 HRは人事関連部門だけが学ぶものではなくなりました。マネージャークラスの人にとって、企業を活かす上でも、自分を活かす上でも、専門知識+HRは必須条件です。HRは他の学問とは違い、効率化を目指すものではなく、むしろ冗長性のある変な学問と言えるかもしれません。しかし昨今の効率化至上主義や成果至上主義で道を誤った企業にとって、もう一度イノベーションを起こして競争力をつけるためには、冗長性のあるHRを学ぶことが重要なのです。
企業における人間観3.0の時代のHR
── HRの分野において、何か新しい考え方はあるのでしょうか?
舞田 企業における人間観というのはこの100年で変わってきました。大きく3つの段階に分けられます。第一段階は、大量生産の時代。人は機械または組織の歯車として捉えられ、言われたことを決められた通りに正確にやることが「いい人材」とされました。しかし人間性の喪失が問題にもなり、人は幸せにはなれませんでした。
第二段階は、財務的人間観です。人材はコストであり、資産であるとの考えで、こうしたことからリストラクチャリングという発想も生まれました。人はコストであるから、コストをカットすれば、一夜にして赤字企業が黒字企業になるというマジックが可能になったのです。でもこれも残念なことに、人を幸せにはしませんでした。
第三段階が、心理学的人間観です。人は心を持つ存在であり、知識を生み出す源泉として捉える動きです。これが最近の新しいHR的な考え方です。今までのように、単なる歯車やコストと捉えない、人を幸せにするための幸福論的HRを学ばなくてはなりません。
須東 3段階という意味では、労働が職務→雇用→キャリアという捉え方に変わってきたと思います。終身雇用が当たり前の時代ではなくなってしまった今、40代、50代になってリストラにあうと大変な事態に陥ってしまいます。企業に雇われるという観念から、スキルをプラスしていき、年代に応じて組織を転々とし、自分の力を活かしていくキャリア意識が重要な時代になったのです。組織のHRだけでなく、自分のキャリアをマネジメントするHRといった考え方も取り入れていく必要があります。
徳岡 HRは組織においても自分のキャリアにおいても、今後どうなりたいか、どうありたいかを考える、未来構築のための知識です。デキレースや予定調和ではなく、与えられたものをただ学ぶのではなく、これからの時代に必要なものを自ら見つけていく。そういう姿勢が何より重要になるでしょう。多摩大学大学院は受動的に学問や知識を詰め込む場ではなく、ビジネスの現場に役立つ知識創造を学べる場です。こうした考え方こそ「HR3.0」といってもいいかもしれません。
舞田 竜宣 客員教授
HRは迷えるミドルの羅針盤になる
── HRについて興味を持っているミドルにメッセージをお願いします。
舞田 トップは権限があるため自由にでき、部下は与えられたことをやっていればいい。でもミドルは違います。その間の立場で、調整役となり、方向性を指し示していかなくてはなりません。何をどう判断したらいいか、迷えるミドルに必要なのは価値基準を持つこと。それは哲学を持つことです。スコラ哲学の「スコラ」という言葉は、もともと暇人という意味。意識的な暇人になり、効率的な学問ではないかもしれないけれど、人の心がわかるHRを学ぶことは、迷えるミドルの羅針盤になると確信しています。
須東 これからのミドルに求められているのは3つあると思います。1つは顧客志向、目的志向の行動をすること。2つ目は、変化対応力。3つ目が、社外との交流を広げる人脈力です。多摩大学大学院の強みは、3つ目の点もカバーしていること。大学院には様々な業界の人たちが集まり、ともに学びます。ここで築き上げた人脈力は、組織に戻っても大いに役立つことでしょう。HRを学び、人脈を広げる場として、ぜひ大学院を活用してください。
徳岡 ミドルは中間管理職的な立場のため、人と人との間に挟まれたしがらみが多いことが大きな悩みだと思います。でもそのしがらみを絶つこと。しがらみをうまくコントロールすること。それによって先送りしない、決められるミドル、判断できるミドルになることが求められています。しがらみをコントロールするために必要な知識がHRです。「決められない政治」と揶揄されていますが、「決められないミドル」にならないためにも、人と人とをつなぎ、それを大きな成果に変えてゆくミドルの人材マネジメント力は、今後のキャリアを考える上でも大きな武器となると思います。
須東 朋広 客員教授